near2図書館のこだわり
こんばんは。館長のにゃんちーです。
つい先日、この図書館をどうしていこうか(まだきちんと工事も終わっていないのに)とっても考えました。
自分ではどうにもならなくて、相談したのです。
私にはnear2図書館(つまりはこのblog)に対して、どうしても譲れないこだわりがあるんだ。でもそれがジレンマなんだと。
でもそのこだわりって言われないと誰も気が付かないよ!と言われてハッとしました。
というわけで、今ここに書いています。
今日はそんな私の、ここに対するこだわりのお話です。
その本、読んでみたい!って思ってもらえるのが一番!!
びっくりマークが多すぎる。笑
私がここを始めたのにはいくつかの理由がありますが、一番はこれなんです。
道筋はどうであれ、最終的にここに来てくれた皆さんが、「その本、面白そう!」って思ってもらえたら嬉しいんです。
その時でなくていいから、いつか何かをきっかけに、ここで紹介された本を手にとってもらえたら一番嬉しいんです。
もはやここにある本を読まなくたっていい。
同じようなことに悩んでいる人の道しるべになったり、全然関係ないけれどこれを読んでビジネスのヒントを得たりだとか。
何かのきっかけになれたら本望なのです。
この図書館(blog)に 広告がない理由
これは言わないと気が付かないよ、との指摘を受けたのであえて書きます。
そりゃblogが金の成る木になればいいのかもしれません。
世にいうブロガーさん達は、SEOという何の予告もなしに変わるGoogle先生の気まぐれと戦いながら、アクセスを伸ばし、そして勝ち取っているんです。それって本当に凄いことです。
だから私はblog=収益を否定するつもりはありません。正直なところ、アドセンス申請もしたし、楽天のアフェリエイト申請もしています。たくさん悩んだけれど、結局私はここに広告を1つも載せていません。
その理由は、ただ1つです。
自分の書いた記事を、最後まで読んでもらいたいから です。
他にありません。
そもそもblogって、記事のあちこちに広告が入っているのが普通です。
ハテナに限らずアメブロなど、無料で作ったblogはその運営者のお金にこそなりませんが、blog内には勝手に広告が入ります。
この広告を自分の収益とするには、有料でblogを立ち上げて、自分の狙った広告を張り付けていく。お金の流れが違えど、どちらも広告があるという点では同じです。
私が他のblogを読んだとき、気になった広告があれば、たとえ記事の途中でも広告をポチってしまいます。記事の途中で広告に興味が湧いてしまった時、私の場合は最後まで記事を読むことの方が少ない。(ぶっちゃけ、ないに等しい)
きっと、ここに広告があったら、ここに来てくれた方だって同じ流れになると思ったんです。
ということは、どうなるか。
広告を貼れば確かにお金にはなるかもしれないけれど、せっかく書いた記事は、最後まで読んでもらえない。その可能性が高いのではないか、と判断しました。
私の目的は、ここを収益化することではなくて、書いたものを読んでもらう事にあります。
本そのものの紹介だったり、ADHDのことだったり、自分の価値観だったり。
私の本の感想だったり、読書の後の自分の心の揺れだったり。
ただただ、好きな事をしているに過ぎません。だからこそ、障害も含めて私のこと知ってもらいたいし、私が素敵だなって思った本のことを伝えたいんです。
綺麗事でも構わない。
それでもいいから、自分の記事を最後まで目を通してもらうことを優先したかったんです。
傍からすれば、どうでもいい 私のこだわり
さきの広告がまさにそうです。
傍から見たら、ただの私のこだわりにすぎず、本当に些細なことです。でも困ったことに、絶対に譲れない。
ハテナblogの場合、記事から広告を外すには有料化しなければなりません。ということは、ぶっちゃけこの図書館、赤字なのだにゃん🐈
独自ドメイン、サーバーのレンタルと費用かけちゃったもので。
いくら好きでやっているとは言えど、会社で考えればそこに経費が発生しているわけで、どこかで帳尻合わせしていかねばならないのかもしれません…。広告を貼らない以外の方法が、今の私には思いつきませんが💦
これって、ここに来てくれる人からすれば、本当に些細なことなんだと思うんです。
でもちょっと大袈裟かもしれませんが、気持ち良く、快適に読んで欲しい。いわばおもてなし感覚なのかもしれません。自己満足です。
最後まで読んでもらえればいいわけだから、もしかしたら、広告の有無は関係ないのかもしれないですし。うむ。
それから、もう1つ。
どうしても「書評」はしたくないのです。そして、私が素敵だなって思った本しか、今のところは紹介したくないのです。
それは、使ってもいない商品を進めるようなものだから。その無責任さに、自分が耐えられないんです。
もっと言うと紹介する自信がない、と言った方が正しいかもしれません。自分が何も分からなかった、何も感じなかった本を、一体どう伝えていいのか分からないからです。今の私の読書力はその程度、ということでもあります。
正直、ここに私が読書感想文を書かなくたって、本の良し悪しを判断するくらいであれば、Amazonのレビューでいいのかもしれません。
勿論、私には、今のところ良さが分からなかった本もあります。でも例えば3年後、同じ本を読んだ時、きっと感じることは違うかもしれない。もしかしたら、良さが発見できるかもしれない。
そして、「今は分からなかった」ということが、分かった、ということで良いとそう思っています。読み返してみて良さが分かった時は、追記するなりリライトできるのが、ここの図書館の良いところですしね◎
さいごに
ただただ、本を読んで自分が何を思って、何を感じたのか。自分の心のわずかな揺らぎをそのまま伝えていきたい。
そうすることで、「本を読む」ということの素晴らしさを伝えていきたいんです。
出来れば、本を読まない人にも、それを伝えたい。
本を読む時間がなかったり、特に小説なんて「読み方」とでも言うのかどう読めばいいのか分からなかったりすると思うんです。本を読まない人にとってはなおのこと。
だから、私がどんな風に読んで、何を感じたのかを、つたない文章かもしれないけれど、そのまま伝えていったらどうだろうかと。
本の要約であれば、ググったらいくらでも出てくると思うんです。でも、個々に何を感じたのかその過程そのままを知るのは難しいじゃないかな、と。
それが見えたら、面白いんじゃないのかなって。
本当に図書館、やりたいんです。
今のところ「図書館」という名前だけれど、今の公共図書館のようなものではなくて、図書館と本屋さんの中間地点を目指しています。読みたい!って思ってくれた本を買えるような道筋を考えなければなりません。
もしかしたら、私が書き込みをいれた本が欲しいと思う人がいるのかもしれない。今のところそれは中古本で傷本になるわけだけど、そこに価値があるなら、新しいプラットフォームが必要かもしれません。*1
嗚呼、恐ろしくまとまりのない終わり方になってしまいましたが、こんな気持ちで、ここで館長をやっています。
今日のところはこの辺で。またにゃん🐈
*1:キンコン西野さんがやっている「しるし書店」というものがあります。実のところ正に「しるし書店」は書き込みをいれた本を売ることのできるプラットフォームです。でも「しるし書店」をするにはFacebookが必要なのです。私は諸事情によりFacebookアカウント削除しているので、実名でなんて猶更できないんです