11月といえば酉の市【浮世絵の世界】
こんばんは。にゃんちーです。
今日は自分の得意分野で攻めてみたくなったの!
美術loverなもので。
今日は浮世絵の世界にご招待。
きっと見たことあるものがいいかなと思ったので、季節柄もあり、酉の市を。
浮世絵にみるエロチシズム
いきなりだけど、怒られそう。笑
春画(直球にエロい浮世絵)とは違って、想像を掻き立てられる1枚を紹介したい。
酉の市じゃないの?って??
酉の市です。
酉の市を描いているのだけど、それがエロい。どこまでも膨らむ妄想。
作品 基本情報
作品名:浅草田甫酉の町詣
制作年代:1857年(江戸・安政4)
作者:歌川広重
板元:魚屋栄吉
さっそく解説
猫が描かれてる浮世絵、というのは、実はそれだけで人気。
美術館で、猫尽くしなんていう企画展覧会が成立するくらいに、人気。
そういう企画でもよくでてくるのがこの版画です。
酉の市って?
酉の市は、11月の酉の日に行われます。2018年は3回行われます。
干支と同じで、日にも十二支がついている。
今年は1日が酉の日なので、他には13日と25日が11月の酉の日。
ニュースでも取り上げあれますが、酉の市といえば、今ではすっかり浅草というイメージなのではないでしょうか。
酉の市でよく目にするのは、熊手。
基本的には熊手以外にも、縁起物とされるものが売られています。地域にもよるとは思いますが、達磨とかもあります。
熊手は福を掻き込む縁起物として知られています。
今でも商売繁盛を願掛けして、商売ごとをしている方が、この酉の市に熊手を買いに来ます。
それは江戸時代よりも前からあった風習のようです。
江戸時代は浅草という場所柄もあったせいか、得に水商売の方が熊手を買っていっていたそう。
江戸時代で言えば吉原遊郭や引手茶屋(遊郭で客を娼家に案内する茶屋のこと)といったところでしょうか。そこに勤めている女性だけでなく、そこの経営者も熊手を買っていました。
浅草田甫酉の町詣 浮世絵の世界
作品名にある浅草田浦というのは、実は吉原のことを指しています。
吉原といえば・・・遊郭(ゆうかく)です。そう、遊女がいる町。
つまりこの浮世絵の舞台、お部屋は遊郭のお部屋。
浮世絵の左下には簪(かんざし)があります。
良く見てください。
この、かんざし、熊手の飾りがついています。きっとお客からのお土産なのです。
なぜ、お土産だとわかるのか。
それは猫がいる下の部分にご注目あれ。
窓下の部分、これは腰紙(こしがみ)というのですが、この腰紙に書かれている雀の柄は、通称「吉原雀」と言います。
吉原雀の意味は2つあります。
①吉原や遊郭によく出入りをしていて、その内情に詳しい人
②吉原の冷やかし客
さて、どうでしょう。
この浮世絵の舞台が、遊郭の部屋の中ということを考えると、腰紙の柄「吉原雀」の意味するところは①、いわば上客といったところじゃないでしょうか。
なにしろ、猫のすぐ右手には、鉢と手拭いがありますから。
体を綺麗に拭いていたのかしら。うふ。
少し脱線しますが、腰紙の柄の雀も鳥です。酉の市とかかっている気がします。
単に私が駄洒落好きだから、そう思うだけかもしれませんが。
話を元に戻して・・・猫にも注目してみてください。
なにしろここが、一番妄想を掻き立てるのです。
猫が背中を向けて窓を見ています。
富士山の向こうには夕暮れです。夜は遊郭が一番賑わう時間です。
そして猫の視線の先には、熊手を持っている人たちが列をなして歩く姿が、本当に小さくですが描かれています。
男女のそれを、見て見ぬふりをしてくれている気がしませんか?
なんて粋な猫だこと。
遊女とお客のいちゃいちゃを想像させるには十分すぎますが、もうひとつ。
作品の左隅に縦に走る黒い部分。
一見、襖に見えるかもしれませんが、これは屏風です。
どうして屏風だと分かるかというと、まず畳のところに襖の敷居がありません。
そして、浮世絵の左上。
そこがわずかに欠けたように三角の白い部分があります。作品中に描き切れていませんが、斜めに黒い淵が走っている。
屏風は山折り、谷折りと折れることで自立します。斜めになっているということは、奥行きがあるということなので、屏風です。
襖なら、画面に向かって水平に描かれますから。
もっというと屏風の裏側(これを裏打ちという)が描かれています。
屏風の向こうに、男女がいるのです。
そうです。そういうことです。
おわりに
この浮世絵が、かの有名な歌川広重だということが、とても興味深いです。
広重と言えば「東海道五十三次」ではないでしょうか。風景画、特に東海道や江戸の名所を描く浮世絵師としてのイメージが確立されていると思います。
そうは言っても、広重も手広くやっていて、歴史画、美人画も春画も書いているんですよ、本当は。
美人画や春画で残っている作品は少ないことから、おそらくあんまり描かなかったんだとも思います。描いてはみたものの、売れなかったのかもしれないけれど。
ここで紹介した作品は、風景画の名士である広重が、酉の市の浅草田浦という風景を描いているようで、実はそこはかとないエロシチズムを描いているのです。
この作品を見たとき、そしてこの作品のことをより詳しく知ったとき、私は、広重は絶対にむっつりスケベだと確信しました。
専門家に読まれたら、絶対怒られるわ。笑
でも、広重はむっつりスケベだね、譲れない。
パッと見ただけでは、酉の市か、ふーん。猫可愛いな。で終わってしまうでしょう。
でもほんの少し、知識があるとこんなにも深く読み解くことができるのです。
(妄想を膨らますことが可能なのだと言い換えられます)
それが浮世絵の世界の楽しみです。
現代においては生活に馴染みがないものばかりなために、浮世絵を見るために必要な「知識」になってしまいますが、浮世絵がはやってた江戸時代、これを庶民が見て楽しんでいたのです。
知識がなくとも、それが生活の中にある時代だったわけなのです。
浮世絵って、本当に粋なのです。
こういう浮世絵を見て楽しめるということは、その時代に生きていた人もまた、粋だったんだと思います。
そこに描かれていることをよーく観察する。そして、そこに描かれていること以外をちょっとだけ妄想してみる。
多分それだけで、浮世絵の世界は楽しくなります。
浮世絵だけではありませんが、美術の世界って、敷居が高く感じる方も多いとは思います。
でも実は想像と思考を楽しむ、感じるだけの世界なんです。
そう思ったら、本を読むことと同じくらい近くに感じませんか?
本と一緒に、美術布教活動もしたい今日この頃です。
さて、今日はこの辺で。またにゃん。