衝撃。実は先生もASDだった!【凹凸日誌】
こんばんは。にゃんちーです。
更新頻度が不規則です。ごめんなさい🙇💦
もっつりこっつりです🐢
先日の診察、お薬もらいに行っているようなものなのだけど、その時の問診の話です。
発達障害のこと、本で読むよりずっと良く分かったのである。
ところで、私のADHD度合いって どのくらい??
ずっと気になっていました。
ADHDには、WAIS-Ⅲ(ウェイス・スリー)というテストがあるんです。テストの中身は公開されていません。
自分で自分のことを理解するのに、このテストを受けてみたいなって思っていました。
でも私が通っている病院には臨床心理士が居ないので、テストが受けられない。
そこで、思い切って先生に聞いてみたのだ!
ADHDって言われてから、自分のADHD度合いを聞くの、ずっと悩んでいたので、結構勇気がいりました。重度って言われたらどうしようとか、もし会社辞めたら社会復帰出来ないかも!?とか悶々としていました。
以下、🐈:私、🐻:先生(私は先生のことを、プーと呼んでいる。似てるからね。)
🐈:私のADHDって、どの程度ですか?
🐻:めっちゃ軽いでしょ。大学まで出てるんだもん。
🐈:(ふぁっ!?めっちゃお薬飲んでるけん…)
軽いって、どのくらい軽いの?テストとかあるじゃんね??
🐻:テストにも出ないと思う。それ、WAIS-Ⅲのことだよね?
🐈:そう、それです。
ん?テストでも(ADHD)って出ないのに、
先生はどうして私がADHDってわかるの!?
🐻:僕の周りにADHDやASDの人が多いからかなあ。分かるよ。
だって僕もそうだし。わはは。
🐈:えぇー!?先生もADHDなのー!?
🐻:あ、僕はASDね。自閉症スペクトラム。
あんまり明確な回答ではなく、先生の「医者としての勘」って感じ。
でも結構、納得してしまった。
何故かというと、これまで自分がADHDって知らなくても、私は「普通」に生きてこれたから。ある程度の努力を重ねていくと「普通」まで到達できたからだ。とかく、困ったことはなかったからだ。
例えば体感的な違い、音や光に敏感というのはあるけれど、それは私にとって普通のことだったし、みんなはそうじゃないと知りもしなかった。
軽度とは言え、ADHDだからと言って、乗り越えられないことはなかったし、まして病むこともなかった。
社会にでるまでは。
先生はいつ知ったの?ASDってこと。
診察での会話はまだまだ続きました。もう問診というより、ただの雑談。笑
🐈:先生はその診断、いつおりたんですか?
🐻:自己診断。
🐈:あぁん?笑 それはいつ、どのように…。
🐻:なんか自分は人と違うなーって思ってたんだよね。
小学校中学年かな?心理学の本を読みまくって、あ、俺これだって。
それがASDだっただけ。
🐈:マジかー。
えー。でもそんな事言ったら、私も自分の事、
みんなと違うってうんと小さい時から思ってたよ。
🐻:ああ、やっぱりあるんだね。
(カルテにメモメモ…。)
これ以上、先生のASDについては聞かなかったけれど、面白いなあと思ったのです。
まさにASDだから。笑
私も自分が人とは違うってずーっと思ってた。でもそれは良いことだとも思っていた。不思議とこれに対して、なんでだろう?とは思わなかったのだ。
でも先生は、なんでだろうって気になって、小学生の頃に心理学の本を読み漁るっていう探求心が、もうASDらしくって。しかもそれで、精神科医なのだから、徹底して突き抜けている。そこが凄く興味深かったし、面白かった。
ところで私のADHDは、どうしてテスト(WAIS-Ⅲ)に出ないの?
問診という名の雑談は続くのであります。ででん。
🐈:でも、なんで私はテストでもADHDって出ないの?
🐻:だって大学でてるじゃん!?
🐈:それとどういう関係が…
🐻:あれはほぼ知能テストだよ。
🐈:IQってこと!?
🐻:そうそう。本当にテストで診断される人は、IQも低いってこと。
だから、そういう人にお薬出しても意味がないわけ。
例えば忘れ物。
それはADHDの特性ではなくて、IQの問題だからね。
そもそもIQ低ければ、自分が人と違うことにも気が付かない。
🐈:そうなのかあ…
🐻:だからADHDやASDっぽさ、グレーゾーンに居る人のうち、
本当に診断が下るのは5%くらいなんだよ。
でもテストで診断でないから、なんか生きづらいなって人が多い。
🐈:うつ病からの自殺者のうち、半数以上は隠れADHDじゃないか、
っていう記事を読んだことがある!
🐻:あー。ADHDの人って、突発的だからね。
だからうつの治療してもダメなんだよ。
根本的な治療にはならないんだよね。
🐈:…。(分かりすぎてツライ)
私はとてもラッキーだった
他に言い方が見つからないのだけれど、この雑談で本当にそう思ったのだ。
私、ADHDってわかって、マジでラッキーだったわ、って。
三十路過ぎての診断だったけれど、多分、きっとこれから先の方が長いわけで、ADHDってわかったことで、突発的に世界におサラバ!とかしないで済んだとさえ思った。
社会にでて、結婚して、何度か鬱をやっている。
初めて鬱になった時の治療の苦しさは今でも忘れない。自分にあったお薬が見つかるまでの間、まるでお薬ジプシーで迷子だったし、体調は悪くなる一方だったからだ。
半年かけて鬱から抜けて、忘れたころにぶり返す。そんな生活だったのだ。
今は二次障害で鬱っぽさだったり、摂食障害だったり、睡眠障害だったりとか色々体にでちゃっている。ADHDではなくて、それが発端で出た二次障害で生活に支障がでているのが問題なのだ。で、お薬の力を借りている。
それかもう1つ分かったことがあるの。
ADHDだからって、それで難なく生きてこれたのだ。ということは・・・
今の(ここ数年の)自分の居た環境が、自分に合っていなくて、合わせられなく、合わせようと頑張りすぎた結果の二次障害なのだと。
お薬を飲んでいると確かに楽になる部分もあるし、沢山助けられているのだけれど、本当の自分が消えていってしまうような寂しい気持ちにもなっていました。
だけど、そうじゃないんだ!って思ったんです。
ADHDでも活かされる場所さえあれば、楽しく生きていけるんじゃないかって。
そういう居場所を探すか、あるいは、自分で居場所を作っていこうって思ったの。
ほぼ雑談のような診療だったけれど、私にとってはとても救われるものがあったのである。うむ。
今日はこの辺で。またにゃん🐈